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顧客情報は誰のものか — 店でもキャストでもない、という答え

「客を持っていかれた」と言われる場面で、実際のところ法律は何を見ているのか。不正競争防止法と個人情報保護法の考え方を整理したうえで、所有権の奪い合いではない扱い方を提案します。


「客を持っていかれた」

この業界で、退店のたびに聞く言葉だと思います。担当キャストが辞め、しばらくすると常連の姿も見えなくなる。移籍先で見かけた、という話が回ってくることもあります。

このとき店側は「うちの客なのに」と感じ、キャスト側は「自分が築いた関係なのに」と感じます。どちらも本心でしょう。

ではこの問題、法律はどう見ているのか。まずそこから整理します。

*以下は一般的な考え方の紹介であり、法的助言ではありません。個別の事案については弁護士等の専門家にご確認ください。*

01

法律は「顧客情報の所有権」を定めていない

まず前提として、顧客情報そのものに所有権を定めた法律はありません。

「うちの客だ」「私の客だ」という主張は、法的にはそのままの形では成立しないということです。では何が問題になるのか。関係してくるのは、主に次の2つの法律です。

  • 不正競争防止法 — 情報を持ち出す行為が問題になる場面
  • 個人情報保護法 — 情報の取り扱いが問題になる場面

この2つは、まったく別のことを見ています。順に見ていきます。

02

不正競争防止法が見ているのは「管理していたか」

不正競争防止法には「営業秘密」という考え方があります。同法2条6項では、営業秘密にあたるためには次の3つをすべて満たす必要があるとされています。

  • 秘密管理性 — 秘密として管理されていること
  • 有用性 — 事業活動に有用な情報であること
  • 非公知性 — 一般に知られていないこと

顧客名簿は、条件を満たせば営業秘密として保護され得る情報です。退職時に顧客名簿を複製して転職先で使うような行為は、営業秘密の侵害と判断される可能性があるとされています。

ただし、ここで注意が要ります。3つの要件をすべて満たさなければ、法的な保護は受けられません。 事業者が重要な情報だと認識しているだけでは足りない、とされています。

03

多くの店にとって、耳の痛い話

3要件のうち、実務でいちばん争点になるのが秘密管理性です。

つまり、「その情報を秘密として管理していた実態があったか」が問われます。誰がアクセスできるかを限定していたか。秘密であることが従業員に分かる形になっていたか。そうした点が見られます。

ここで、自分の店を思い返してみてください。

顧客情報を店のシステムで管理し、閲覧できる人を決めている
キャスト各自の個人スマホの連絡先に、顧客情報が入っている
入店時に、顧客情報の扱いについて説明し書面を交わしている
特に取り決めはなく、暗黙の了解で回している

後者の状態であれば、「うちの客だ」という主張の土台は、実のところかなり弱いことになります。

厳しい言い方になりますが、管理していなかった情報を、失ってから「持っていかれた」と呼ぶのは筋が通りません。 法律は、守っていたものを守るのであって、守っていなかったものを後から守ってはくれない。

なお、営業秘密の侵害には刑事罰も定められており、決して軽い話ではありません。だからこそ要件が厳格に設けられている、という関係にあります。

04

もう一つの法律が見ているのは「本人」

ここまでは店とキャストの間の話でした。もう一つの法律は、まったく別の方向を向いています。

個人情報保護法では、個人データを第三者に提供する場合、原則としてあらかじめ本人の同意を得なければならないとされています(27条1項)。

そして重要なのは、この法律が業種や規模を問わず適用されるという点です。かつては取り扱う件数による例外がありましたが、現在は撤廃されています。個人経営のスナックであっても、顧客情報を扱う以上は対象になります。

つまり、店とキャストのどちらが情報を持つかという議論の外側に、お客様本人の同意という論点が最初から存在しているわけです。

05

問いの立て方が、そもそも間違っている

ここまで見てきて、はっきりすることがあります。

「顧客情報は店のものか、キャストのものか」という問いは、最初から答えの出ない問いです。法律はその問いに答えていないからです。

法律が見ているのは2つだけ。

  1. 1.その情報を、秘密として管理していたか(不正競争防止法)
  2. 2.本人の同意を得ているか(個人情報保護法)

どちらも「誰のものか」ではありません。

顧客情報の主体は、店でもキャストでもなく、お客様ご本人です。

当たり前のことのようですが、現場の会話からはこの視点がしばしば抜け落ちます。「持っていかれた」「私の客だ」という言葉の中に、お客様本人は登場しません。

06

お客様の側から見ると、何が起きているか

視点を変えてみます。

ある日、担当だったキャストから連絡が来る。「お店を移りました。よかったら新しいお店にも来てください」

このとき、お客様の側にはいくつかの疑問が生じます。

  • 自分の連絡先は、どこで管理されていたのか
  • 移った先にも自分の情報が渡っているのか
  • 断ったら、この関係はどうなるのか

そもそも多くのお客様は、キャストに「連絡先を教えてください」と言われて交換しています。 店に情報を預けたつもりはない、というのが実際のところでしょう。その連絡先が店で管理されているのか、キャスト個人のスマホにあるだけなのか。考えたこともない方がほとんどだと思います。

ここに、この問題の根の部分があります。店は「うちの客」と考え、キャストは「自分が交換した連絡先」と考える。ところがお客様の側には、そもそもどちらに渡したという認識すらない。三者の前提が最初から食い違っています。

そして、店とキャストが揉めている場面で、いちばん置き去りにされているのもお客様です。どちらの側にも「お客様がそれを望んでいるか」という問いは出てきません。

07

店とキャスト、それぞれが今できること

対立の構図から抜けるために、双方にできることがあります。

店が決めておくべきこと

  1. 1.顧客情報の取り扱いを明文化する — 誰が何を見られるのか、退店時にどうするのか
  2. 2.入店時に説明し、書面を交わす — 口約束は、揉めたときに何の役にも立ちません
  3. 3.店のシステムで管理する — 個人スマホの中にある限り、管理している状態とは言いにくい
  4. 4.お客様に利用目的を伝える — 会員登録や来店時の案内に含める

1〜3は、そのまま秘密管理性の実態づくりにもつながります。揉めてから慌てるのではなく、揉めない構造を先に作るという発想です。

キャストが知っておいた方がいいこと

個人のスマホで顧客情報を管理することには、実は本人にとってのリスクもあります。

  • 紛失・故障で、積み上げた記録が一瞬で消える
  • 店との間で認識のずれが生じたとき、説明する材料がない
  • 意図せず法的な問題に巻き込まれる可能性がある

店のシステムに記録が残っていることは、本人を守る材料にもなります。 誰がいつ何を記録したかが残っていれば、疑われたときに事実で示せる。記録は監視のためだけのものではありません。

08

対立ではなく、透明性の問題として扱う

顧客情報をめぐる揉め事の多くは、取り決めがないまま運用してきたことが原因です。誰かが悪意を持っていたから起きるのではありません。

そして取り決めがないと、失った側は「持っていかれた」と言い、去った側は「築いた関係だ」と言う。どちらも自分の実感としては正しいので、話が噛み合いません。

必要なのは、所有権の決着ではなく透明性です。

  • 何が記録されているのか
  • 誰が見られるのか
  • 辞めたらどうなるのか

これが最初から共有されていれば、揉めようがありません。そしてお客様にとっても、自分の情報が管理された場所にある方が安心です。

ゲスト・キャスト・店舗。三方とも、透明である方が得をします。 曖昧なまま運用して得をする人は、実は誰もいません。

まとめ

  • 顧客情報そのものに所有権を定めた法律はない
  • 不正競争防止法が見ているのは「秘密として管理していたか」であり、管理の実態がなければ主張の土台が弱い
  • 個人情報保護法は業種・規模を問わず適用され、第三者提供には原則として本人の同意が必要とされる
  • 「店のものかキャストのものか」は、そもそも答えの出ない問い。情報の主体はお客様本人
  • 必要なのは所有権の決着ではなく、何がどう扱われているかの透明性

*本記事は一般的な情報の整理であり、法的助言ではありません。実際の対応にあたっては、弁護士等の専門家にご相談ください。*


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